「もう二度とやらない」と何度も誓ったはずなのに、また同じ行動を繰り返してしまう。
…ダイエット中なのに暴食してしまう、
…禁酒を決めたのに一杯だけ飲んでしまう、
…怒らないと決めたのにまた声を荒げてしまう。
そのたびに、「結局、私は意志が弱い」「どうせ何をやっても続かない」という自己嫌悪が押し寄せてきます。
ただ、もしあなたが今そんな感情を抱えているなら、まず知ってほしいことがあります。
“戻ってしまうこと”は、決意が弱いからではない。
人の心と脳の“仕組み”として自然に起こる現象だということ。
この記事では、心理学が明らかにしてきた「スリップ(つまづき)が起きるメカニズム」と「それを失敗で終わらせないための向き合い方」を整理していきます。
エピソード(創作事例)
30代の会社員・Aさんは、長年の飲酒習慣を断つことを決め、3週間が過ぎていました。
夜に飲まなくなってから、朝の目覚めが軽くなり、仕事の集中力も少しずつ戻ってきているのを感じていました。
しかしある金曜日、仕事でトラブルが重なり、上司から厳しい叱責を受けた帰り道。胸の奥に、どこにも向けられない悔しさと虚しさが渦巻きました。
「今日くらいなら、大丈夫じゃないか……」
その一瞬の感情に押されるように、コンビニでビールを買い、気づけば全部飲み干していました。
翌朝、Aさんを襲ったのは二日酔いよりも、「またやってしまった」「自分は何も変われない」という圧倒的な自己否定。
その苦しさがさらにストレスとなり、「どうせダメなんだから、今日も飲んでもいいか」と、再び元の生活に戻ろうとする“引き戻しの力”が働き始めていました。
なぜ、私たちは「決意」を守れないのか
①「やめたいのにやめられない」は、意志の弱さではない
人は変わろうとするとき、必ず“変わりたい力”と“元に戻ろうとする力”が同時に働きます。
この「元に戻ろうとする力」は、身体が体温や血圧を一定に保とうとする恒常性(ホメオスタシス)と同じく、心のほうにも現状維持システムがあるためです。
ポイントは、
- 新しい行動=脳から見ると“ストレス”
- いつも通りの行動=脳にとって“安心できる省エネモード”
つまり、良い習慣でも悪い習慣でも「慣れた行動」に戻ろうとする力は同じだということです。
② 変化は“直線”ではなく、“行ったり来たりの螺旋階段”
心理学的には、行動変容は
準備期 → 実行期 → 維持期 → スリップ → 再開
という循環を経験しながら進むとされています。
よくある誤解
- ダイエットは右肩下がりで順調に進む
- 怒りを抑える練習は一度できれば永続する
現実
- 上がったり下がったりしながら、少しずつ前進する
- スリップ(再発)は“階段を一段下に降りる”に近い
- そこからまた登り直せば、変化のプロセスは続く
「一度の後戻り=すべて終わり」ではありません。
後戻りは、変化の途中に必ず組み込まれている正常な揺れなのです。
「スリップ」と「リラプス」
① スリップは「一時的なつまづき」
心理学では、
- スリップ(slip)=一時的な逸脱
- リラプス(relapse)=完全な逆戻り
と区別されます。
例えば、
- ダイエット中に一度だけ暴食した → スリップ
- 暴食をきっかけに毎日食べ始める → リラプス
多くの人が陥るパターン
● 一度ルールを破る
↓
● 「もういいや」と自暴自棄
↓
● 行動が元に戻る
↓
● 「ほら、続かない」
↓
● 自己嫌悪
↓
● さらにストレス
↓
● 再発の連鎖
「どうせ私はダメ」という自己否定こそが、スリップをリラプスに変える最大の要因。
② 自分を責めるほど、再発リスクは高まる
強い自己嫌悪や罪悪感は、脳にとって強烈なストレス。
ストレスは、暴食や飲酒、衝動的な怒りなど、感情を一瞬だけ麻痺させる行動への欲求を強めます。
つまり、
スリップ → 自己嫌悪 → ストレス → 再発
という悪循環が自然に起きる。
これを止めるには、“責める”ではなく“理解する”という歩み寄りが必要です。
スリップした“あと”に、何をすればいいのか

① 「裁く」より「観察する」
スリップ直後に最も大切なのは、「冷静な観察者の目」を取り戻すこと。
- いつ
- どこで
- 何が引き金で
- どんな感情があって
- どう行動したのか
これを、“失敗”ではなく「ひとつのデータ」として扱う。
このとき役に立つのが、心理療法でも使われる「ABC分析」の考え方です。
- A(出来事・状況)
- B(感情・思考)
- C(行動・結果)
と分けて記録すると、再発のパターンが見えやすくなります。
② 「トリガー(引き金)」を特定しておく
スリップが起きる場面には、必ず何らかの“条件”があると考えます。
有名なリスク要因の例
- H(Hungry)空腹
- A(Angry)怒り
- L(Lonely)孤独
- T(Tired)疲労
これは「HALT」と呼ばれるチェック基準。
行動を変えたいときは、「HALTに入ったら危険」と把握しておくだけでも衝動が弱まりやすくなる。
さらに、「同じ状況になったら、どう切り抜けるか」という“コーピング(対処方法)”を1つ用意しておくと、再発の確率は確実に下がります。
まとめ:戻ってしまった自分を、どう扱うか
行動が続かないのは、あなたの意志が弱いからではありません。
人間の心の仕組みとして、変化には必ず揺れ戻しが起きるのです。
大切なのは、「失敗した」ではなく「データが一つ手に入った」と捉えること。
スリップは、変化のプロセスの中に組み込まれた“正常な揺れ”。
その一度の揺れで自分を裁かなければ、人は何度でもやり直すことができる。
今日つまずいたとしても、明日の自分はまた、螺旋階段を一段登ることができると信じてください。

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