ペアレントトレーニングの目的は「叱らない子育て」ではない──誤解されやすい理由と、“叱る”関わり方

川沿いの小道を歩く二人の影

SNSを眺めていると、「叱らない子育て」という言葉がときどき話題になります。
その中に、ペアレントトレーニング(PT)を“叱らないための技法”として紹介する投稿もあり、気軽にシェアされていくことがあります。

けれど、支援の現場で親御さんと向き合ってきた立場から見ると、“叱らない”はあくまで一つの要素にすぎず、目的そのものではありません。

ペアトレが本当に目指しているのは、親子の関わり方に「見通し」と「一貫性」をつくり、安心して過ごせる環境を整えること。

この記事では、誤解されやすいペアトレの意図をていねいにほどきながら、叱ることの意味についても触れていきます。


目次

なぜ「叱らない育児」という誤解が生まれるのか

SNSでは、物事が“短く・わかりやすく・耳に心地よく”まとめられがちです。
この特徴が、ペアレントトレーニングのように本来は多層な支援技法を語るときに、誤解を生みやすくします。

● SNSは“要約と誇張”が起こりやすい

 一部だけが切り取られ、善意のリライトの中で本質から離れていくことがあります。

● 「ポジティブな関わり方」を強調した資料が断片的に広まる

 成功体験や褒める場面だけが紹介され、技法そのものが“やさしい声かけのためのスキル”に見えてしまう。

● 実践の難易度が高い部分だけ削ぎ落とされる

  構造化、一貫性、見通しづくりなど、本来じっくり取り組む部分が省略されてしまう。

● 「叱る/叱らない」の二項対立に変換されやすい

 SNSは対立構造が拡散力を持つため、複雑な支援が二極化して語られてしまう。

こうした背景が重なると、ペアレントトレーニングが「叱らない子育て」と誤って紹介される土壌ができます。


ペアレントトレーニングが本当に大切にしているもの

ペアトレは、“叱るか叱らないか”という感情的な選択の話ではありません。
むしろ、親子の生活を予測しやすく、一貫したものに整えるためのアプローチです。

以下に、筆者が思うペアトレの目的・意図を挙げます。

● 行動の予測可能性をつくる

 子どもが「次に何が起きるか」を理解できるようにする。

● 親子双方が「今何が起きているのか」を理解しやすくする

 困った行動の背景にあるニーズや状況を整理する。

● 一貫したルールづくり

 ルールと結果のつながりを、安定して示せる環境を整える。

● 成功体験を積みやすくする

 できた瞬間を逃さず、具体的にフィードバックする。

● 親が安心して働きかけられる環境づくり

 親の不安が下がることで、家庭全体の空気が落ち着いていく。

つまりペアレントトレーニングは、関わり方の「構造」を整える技法と言えます。


よくある勘違いと、子どもが“変わらないように見える”理由

● 「叱られない=自由にして良い」と解釈してしまう

 大人の意図がうまく伝わらないと、ルールが曖昧になる。

● 大人側の一貫性が揺れると、子どもは混乱する

 今日は怒られない、でも明日は怒られる──
 この不一致が不安を生む。

● 「期待値を下げる」方向にだけ働くことがある

 “叱らない”が“関わらない”に近づいてしまうと、子どもは行動をどう調整すればいいのかわからなくなる。

● アプローチが構造化されていないと変化が生まれにくい

 環境が整っていない状態で声かけだけ変えても、行動は安定しにくい。



適切な叱り方と、その後の「回復的関わり」

道を歩く二人の背中

記事タイトルでも述べましたが、ペアレントトレーニングの目的は「叱らない子育て」ではありません。
むしろ、必要な場面での短く・明確な叱りは、子どもを守り、関係を安定させるために推奨されることもあります。

大切なのは、叱り方の質 その後の回復的関わりです。

● 叱る必要がある場面は確かに存在する

危険行動・他者への攻撃・境界を越えた行動などでは、まずは「止める」ことが優先されます。

【例】

  • 「危ない!止まろう」
  • 「叩くのはやめよう。痛いからね」

これは単なる叱責ではなく、「安全を守るために止めた」という側面もある関わりです。

● “短く・明確に・具体的に”伝える

長い説教や感情的な叱責は、子どもも大人も疲弊します。
必要な情報だけに絞り、境界だけを伝えることが大切です。

  • 「今のは危なかったよ。止まろうね。」
  • 「叩くのはダメ。痛いからね。」

● 子どもが落ち着いたあと、必ず“つながり直す”

叱ったあとの回復的関わりは、子どもの安心に直結します。

【例】

  • 「さっき止めたのは、危なかったからだよ。」
  • 「あなたが怒っていた気持ちはわかったよ。」
  • 「次はどうしたら良さそうかな?」

叱られる=否定された
ではなく、
叱られる=守ってくれた
という理解につなげていく。

● “叱り”と“回復”はセットで一つの関わり

境界を示す→落ち着く→再びつながり直す、この一連の流れが家庭に安定感を生みます。

ペアトレが大事にしているのは、叱る/叱らないの二択ではなく、理解 → 境界 → 回復 の一貫した関わりです。


まとめ:ペアトレは“叱らない子育て”ではない。それはもっと優しい学びの場

まとめると、ペアトレは叱る/叱らないの二択で語れるものではありません。

  • 行動の背景への理解
  • 親子双方の安心
  • 見通し
  • 一貫性
  • 成功体験
  • そして必要な場面での境界


これらが整うことで、子どもが自分の力を発揮しやすくなります。

叱らないことは目的ではなく、親子が安心して生活できる環境をつくるための手段の一つにすぎません。


ペアレントトレーニングは、親子の関係を“やさしく組み立てていく”ための支援です。

完璧である必要はありません。
小さな一貫性や成功体験の積み重ねが、ゆっくりと親子の世界を変えていきます。

それは、叱る/叱らないという議論を越えた、もっと親身で、あたたかな変化の物語です。

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筆者:やまだ(公認心理師/Re-Lab編集長)
心理・教育・福祉の現場で人の変化を支援してきた経験をもとに、
「人が変わる瞬間」をテーマに発信しています。

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